メソポタミア
この記事はメソポタミア周辺の歴史について、シュメール人都市国家の成立からアッシリア帝国成立の前までです。たいせんよろしくおねがいします。
なぜかわたしちゃんいつも誰かと戦いがち。まあきっと自分自身と戦ってるんだろうなあという気持ちでいます。
はじめます。
紀元前3000年頃、シュメール人がメソポタミアに都市国家をつくります。
都市国家っていうのはそれぞれの都市がひとつの国みたいになってるってことです。逆に今の日本とかみたいな国は領域国家といいます。
中でもウルクは現在判明している中で最古の楔形文字が出土したり、王であったギルガメシュさんの活躍が伝説化して、『旧約聖書』のノアの箱舟の原型にもなったと言われている『ギルガメシュ叙事詩』が有名です。
メソポタミアってのは開放的な地形でいろんな民族が入ってきやすいわけですよ、だから例えばいろんな人たちで何かをわけっこしたりすることもあったはずなんです。ということで約数が多くてわかりやすい六十進法が発明されました。
あと、都市国家が成立して祭祀や財政、会計事務が必要になって文字が発明されます。楔形文字ができました。楔形文字はベヒストゥーン碑文を手がかりにローリンソンが解読します。
ってかさ、ブログ下手じゃない?流れてないじゃん。ただ事項をまとめただけで笑っちゃう。ゆるしてほしい、初心者なので。
つづけます。
古代メソポタミアでは神権政治が行われたので各地にジッグラトという神殿が建てられます。バビロニアの都市神であるマルドゥクがまつられました。
【アッカド人の出現】前24世紀
シュメール人が都市国家をつくりわちゃわちゃ争っていた中、セム語系のアッカド人サルゴン1世がメソポタミアに統一王朝を建設します。
【ウル第三王朝】前2113頃〜前2006頃
さっきまではアッカド人の国だったんですが、戻ってシュメール人。
シュメール人がウルを都とした三番目の王朝を建てます。
現在世界最古とされるウルナンム法典を制定します。
エラム人によって滅ぼされます。
【古バビロニア王国】前1894頃〜前1595頃
セム語系アムル人が古バビロニア王国(バビロン第一王朝)をメソポタミアに建国します。またもやメソポタミアの統一王朝。都はバビロンです。
ハンムラビ王のときに全盛期を迎えます。
なんといってもね、ハンムラビ法典は有名ですよね。
復讐法と身分法が盛り込まれてて、アッカド語楔形文字でかかれました。
ハンムラビ法典はシュメール法の集大成としてつくられました。シュメール法というのはさっき言ったウル第三王朝のウルナンム法典、イシン王朝のリピト=イシュタル法典、エシュヌンナ法典のことで、それらを継承したハンムラビ法典は4番目に古い法典です。法典の整備は領域国家の出現に繋がっています。
ちなみにこのハンムラビ法典は発見されたのはスサなんです。えっ、古バビって都バビロンやん?となるでしょ?わたしちゃんもなりました。理由といたしましては、後からエラム人という人たちが出てくるんですけど(カッシートを滅ぼした人)そいつらの都がスサだったんですよ。で、バビロニア諸都市を征服したエラム人の王は、ハンムラビ王の遺品をスサに持ち帰ったんだって。へー!だからかー!
エラム人って教科書に載ってないじゃないですか……むかしはあったっぽいんだけどねえ。
古バビさん、ヒッタイトによって滅ぼされます。
【ヒッタイトがきったいと!(笑うところです\どっ/)】前17世紀頃〜前12世紀頃
ボアズキョイを都とするインド=ヨーロッパ語族の…
うっうっ…ちいさめタイトルにくそつまらんダジャレを盛り込んでしまった……スルーして続けようかと思ったけど思ったよりひどかった……ゆるしてほしい。
はい、小アジアに建国されましたヒッタイトさんです。はい、で古バビにきったいとして征服します。ヒッタイトは鉄製武器とか戦車とかがあったので俺TUEEEEEEEEでした。すごい。
そんなヒッタイトさん、エジプト新王国とシリアを巡って戦争します。カデシュの戦いです。
両方が勝利を主張しました。まけずぎらいでかわいらしいわね。カデシュの戦いは世界最古の国際条約が結ばれたことが有名です。
「海の民」によって滅ぼされます、おれつえーどんまい。
【ミタンニ王国】前16〜前14世紀
【カッシート王国】前18〜前12世紀
ヒッタイトによって滅んだ古バビのあと、メソポタミアにはミタンニ王国(北部)とカッシート王国(南部)が成立します。
カッシート王国は古バビが滅ぼされたあとのバビロニアでバビロンを都にいきていました(いきていました) バビロン第3王朝とも言われてます。さっきちらっと言ったエラム人によって滅ぼされます。
ミタンニ王国はメソポタミア北部からシリアにかけて支配しました。フルリ人ってひとたちがいっぱいいましたぴょん。
あとから力を伸ばしてくるアッシリアは前15世紀にミタンニに服属もしてた。
前15世紀にエジプト新王国のトトメス3世(最大版図の人)がシリア・パレスチナ地方に侵攻してきたので争いますが、北シリアは新王国にとられてしまいます。まあでもトトメス3世の死後はミタンニが取り返すんですけどね。(ここをピンポイントで早稲田が問うてました、えげつない)
追記:シリアパレスチナに侵攻したのはトトメス1世っぽい、トトメス3世はメソポタミア
そのあとミタンニはヒッタイトに圧倒されて、力を伸ばしたアッシリアに滅ぼされます。
地図を貼っておきます
【次回予告】
シリア・パレスチナ地方は、再びミタンニ王国の勢力下に入ってから200年ほどエジプトなどから干渉を受ける訳なんですが、前1200年頃に「海の民」が現れて以来、いろんな人たちはシリアらへんから手を引きました。で、空いた場所でフェニキア人、アラム人、ヘブライ人などが活動をはじめるわけです…
次回予告って言ったけど次回はエジプトかもしれないな。
どうでしょうか…ちゃんとブログできてる?わかんないけど、これでおわりです。書きたいことは多分書けました。よかった。
なんというかある程度基礎知識が入ってる前提で読まないとわかりづらいかも。当たり前すぎることはわざわざ言わないしね。
あ、ぴょん忘れてた、一回くらいしか使えてないんじゃないかなぴょん。
親しみやすい記事を書きたいものめうね。はい。ぺったんたん。
おわりです。